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リレーで小説を書くトクです。 前の方の文章の続きを書いてください。 では主から↓ 【20xx年。久々の東京は、私が知ってる東京とはすっかり姿を変えてしまった。 人の姿は無く、蝉の鳴き声だけが響いていた。】(編集済)
仄かに秋の気配を感じさせる風が吹き抜けている。 何年かぶりのこの街に降り立ち、今までの過去を振り返ってみる。
始まりは2020年に突如発生したウイルスだった。 まだ子供だった私は今まで当たり前だった世界がどんどん変わっていくことに恐怖を感じていた。
ポケットの中を探る。 幼い日の私と母の思い出。 母が私のために作ってくれた小さなテディベアのマスコット。 もう片目も取れかけ、色褪せている。 モノには執着ない筈の私だったが、ずっと捨てる事が出来ず大切に持ち歩いていた。
私の名前は瀬戸杏奈。 この日本にいる、たった1人の人間。
感傷に浸っていては生きていけない、食料とねぐらを探さねばならない 杏奈、しっかりしろ──ぎゅっとテディベアを握りしめた 「杏奈ちゃん、痛いよ!」
杏奈「あ!ごめんごめん」 テディ「もう!気をつけてよ」 杏奈「わざとじゃないって」 全て杏奈の独り言である。 もう何年も1人きりで、友達はテディだけという、なんとも寂しい日々を送っている。
杏奈と一緒に、時を重ねてきたテディ。 幼稚園の頃、ママと離れたくない杏奈はいつも 鞄にぶら下がっているテディを握り締めていた。 そうすると、少しだけ落ちつく。 深呼吸しながら3つ数える。 「ワン・ツー・スリー! 杏奈ちゃん、ギブ、ギブ」 テディはそんな杏奈の側で、行ったり来たりする気持ちに振り落とされないよう必死な杏奈と一緒にいつもしがみついていた。 杏奈の手のひらはあの頃よりも、少しだけ大きくなったけれど 伝わってくる波のような不安な気持ちは、ずっとあの頃のままだ。(編集済)
杏奈「さーて、食料も集まったし今日はここで朝まで過ごそうか」 そう言ってデパート内の本屋で数冊本を取り、7階の寝具売り場に行き、フカフカのベッドに身体を沈めた。 杏奈「生きてる間に日本中の本を全部読めるかしら」
久々の洋書に写真集。海外の絵本。 杏奈は小説や活字は飽きちゃうタイプだけど、綺麗な写真や画集はいつまでも眺めていたいと思う。 海外のハイファッション、ランウェイを誇らしげに歩くモデル達。 見た事もない毒々しい色の不思議な食べ物。 山岳民族のミステリアスな生活に、美しい民族衣装。 60年代や70年代のロックファッション。 まだツインタワーが街のランドマークとして聳え立っていた頃の、9.11前のNY。 ここはちょっとした時間旅行のコックピットだ。 ふかふかのクッションに身体を沈めながら頁をめくり、遠くに沈む夕陽を見つめる。(編集済)
その沈みゆく夕陽は、今まで見た中で一番きれいだった。 杏奈「テディ、今この世界でこの風景を見ているのって私達だけかな?」 テディ「どうして、そんなことを思うの?」 杏奈「だって、最初は誰かが助けに来てくれるとを信じていたけど…」 テディ「杏奈ちゃん、泣かないで。」 杏奈「ありがとう…ごめんねテディ。」 また感傷的になってしまった。 この世界には、自分達以外はもう誰もいないと諦めたのに。 涙をこらえた杏奈は気分を変える為、夕飯用の食料を選び出した。
いくつか手持ちに食料があるが、今日か明日かの僅かな量しかない。これではすぐに無くなってしまう。 周りをキャロキャロと見渡すと近くにストアがあった。既に荒らされ放題で、店内は真っ暗な空間が広がっている。 杏奈「電気の配給が止まってから、どのくらいが経ったのだろう?」 中の食料は残っているのか不安しかない。 杏奈「残ってても腐ってそう…」 入り口玄関の割れたガラスの尖った部分を更にに割って身体を隙間に押し込む。 テディ「ここに入るの?」 杏奈「食料確保するから、嫌ならここで 待っててよ」 杏奈とテディは手探りに暗闇へと進んでいった。
ストアの店内では仄暗い蛍光灯が、モールス信号のように不規則な灯りを照らし続けていた。 杏奈は足元に注意を払いながら進む。 荒れ果てたストアの棚は、宿主を送り出したまま役目を終えた小さなベッドのように解体されるのを待っているかのように見えた。 足元に転がっていたグリーンピースの缶詰とアルミホイルを急いで掴み、ノースフェイスの鞄に詰め込む。 テディ「痛ッ」 杏奈「ゴメンゴメン」 テディ「私、この鞄あんま好きじゃない」 杏奈「フフッ、そっか。私はお気に入り」 杏奈は誰かに気付かれないよう、息を潜め進んだ。(編集済)
突然、外で大きな音がした。
テディ「どうせ猫が何かさ」 杏奈「・・・うん」 テディ「見に行くのかい?」
この世界に残っている人間は私だけ。 そんなの今まで日本中を旅してきてわかりきっている。 けど・・・。 私はまだ待っている。 必ず迎えに戻ると言って地球を離れたアイツの事を。
荒廃した街には人はまばらだった。 食糧も少ない。街を彷徨っているとマンホールに入る人を見かけた。
そんな光景を見ても、もう驚かなくなった。 彼らには彼らの暮らしが、地下で展開されているのだろう。 雨風を凌ぐ屋根を求め、地下に暮らしの拠点を移した人々。 杏奈「あたしね、小さい頃は魔女になるのが夢だったんだ。」 ヒロインの少女が魔女になる為に、見知らぬ街で修行をする物語。 杏奈の母が大好きだった映画。 杏奈はこの物語のヒロインに憧れて、自分も黒猫をパートナーに迎えたいなと思っていた。 「ねえねえママ、あんなもジジちゃんがほしい」 しかし何故か母は黒猫ではなく、テディを作った。 何故黒猫じゃなくてテディだったのかな。 杏奈の望みは何でも叶えてくれた母だったけれど、これだけは未だに理解不能だ。 杏奈「あんたは本当は、黒猫になる予定だったんだよ」 いつしか、あの映画のヒロインの少女の年齢は過ぎ、魔女になる夢も遠のいてしまった。 もしかしたら杏奈を魔女になる夢から解放する為にテディは杏奈の元にやってきたのかも知れない。 いつの間にか、そんなふうに理解するようになっていた。
20xx年。 地球は原因不明のウイルスに侵された。 ワクチンや新薬の開発で世界中が戦ったがその効果は無く、感染を恐れた人間たちは地球から火星へと住処を移す事にしたのだ。 感染した人々は意思がなく、肌がとても弱くなり、日光を浴びると命を落としてしまう身体になったため、マンホールの下の地下で身を隠して生きている。 彼らの呼び名はダークネス。
気付けば杏奈も、季節の変化を全く感じなくなっていた。 真夏日でも汗をかくと言う感覚を忘れてから一体どのくらい経ったのだろう。 身体をすっぽりと覆う大きなパーカーのフードを深々と被り、顔を覆い尽くす大きなマスクで気配を消す。 遠目から見たらたまに中学生に間違えられてしまう事もある杏奈にとって、自分をカモフラージュする為の防御策としてはこれが精一杯だ。 ダークネス達とはたまに地上ですれ違う事もあったが、彼らには生身の人間らしい生気は全くなく酸素を吐き出しているのかすら危い。 杏奈は彼らの気配を感じる度に息を潜め、足音を立てずに一定の距離をおいた。 彼らは振り返った瞬間には必ず姿を消しており、その足跡を追跡する事はできない。 「もしかしたら、あたしが幻覚を見ていただけかも」 アイツによく似た面影を、無意識のうちに探してしまう事などとっくに封印したはずなのに。
荒廃した街の裏通りを抜けた、杏奈達。 杏奈「テディ、確かこの辺だよね?あの音がしたのって…」 大きな音があったと思われる場所には公園があった。 だがその公園には大柄と細身の防護服2人組、タブレットなどの電子機材、今まで見たこともない大型車?があった。 杏奈「えーと…これこそ本物の幻覚だよね…」 心の中でそう呟きながら、公園から離れようとする杏奈だったが、細身の防護服に気づかれる。 幻覚じゃない…思わず恐怖から走る杏奈、だが杏奈が追われることはなかった。 軽く、腕を引っ張られる形で追うのを止められた、細身の防護服。 ?「あの~博士、私は女同士としてまず挨拶をしたかったのに、何で止めるんですか?」 細身の方が、もう1人の方に話かける。 博士「今、彼女はパニックになっている…この姿では話し合っても無駄だ。」 博士と呼ばれる大柄な人物は、そういってタブレットの方に向かい、操作を始める。 ?「でも私は色々と気になりますけどね~あの娘の若さとか?」 博士「すまない、少し静かにしてくれないか…通信の邪魔になる。」 ?「はい…でも本当にいたんですね、地球にダークネス以外の数少ない人間である…瀬戸杏奈って。」
?「瀬戸杏奈はダークネスウイルスの免疫を持つ唯一の人間だからな。 地球に残りダークネスを治療する方法を探すため残されたのさ」
杏奈は久しぶりに、自分以外の「生命体」との接触に言語化出来ないザワザワした胸騒ぎを覚えた。 杏奈は少しだけ長い時間を掛けて、自分自身のラベルを剥がし、自身の存在を記号化させる事に全力で取り組んで来た。 感情を、バックグラウンドを封印し、無機質な記号と化する事で生き延びる。 しかし、そんな杏奈の武装を不躾に剥がして来る彼等は一体誰なんだ? 久しぶりに、リアルな生暖かい感触を自身の中にハッキリと感じる。 細身がそっと杏奈の背中に触れながら、静かに囁く。 「大丈夫、落ち着いてね。 私達は怪しい者ではありません」 杏奈はポケットにいるテディを、汗ばむ掌でそっと包み込んだ。
杏奈「・・・どうかしら。敵か味方か。あなた達が本当に人間なのかもわからないのに、素直に信じると思う?」
杏奈と細身の助手の女性のやり取りを横目で見ながら、 博士と呼ばれる、大柄な防護服を纏った男がタブレットを操作する手を一旦止めて静かに口を開く。 「我々は君の敵ではない。 君をどうこうしようなんて思っていないよ。 まあ…信用してくれなんて、この状況では無理もあるまい」 そう溜息混じりに言い、杏奈に向かい目線を見据えた。 その時に杏奈は、あの日杏奈に母の病気を告げた時の医師との遣り取り、そして病室を包むひんやりとした空気を思い出し居た堪れなくなる。 「今すぐどうこう、と言う訳じゃないんだよ。 ただ…」 まだ年端も行かない杏奈を前に、言葉を濁した医師。 大人っていつもこうなんだ。 正直、今の杏奈には怖いものなんかない。 私が貴方達を恐れている? 私は貴方達もダークネスも怖くない。 ただ、もうこうして生きていく事が面倒になる時がある。(編集済)
杏奈は隠し持ったナイフを助手に向け、怯んだ隙を見て走り出した。 テディ「気をつけて、相手はどんな武器を持ってるかわからないよ」 助手「待て!君を助けたいんだ!」 助手が杏奈を追いかけようとしたが、医師が止めた。 医師「追いかけなくても、もう間もなくエネルギー切れだ」  医師の言葉とほぼ同時に、杏奈の目の前は真っ暗になり、身体も動かなくなり、その場にぐずれ落ちた。
目の前で真っ赤なテールランプが点滅を始める。 世界が美しくも歪んだマーブル模様を描き始める時に必ず見る光景。 3つ数えてカウントをする。 深呼吸を3回。 右手にはウォルフギャングのサバイバルナイフ。 左手には片目の取れかかったテディ。 テディをちゃんと治してあげたいけれど、 今は裁縫道具を探す為に鞄の中身を逆さまにするのは余りにも無防備だし危険だ。 杏奈はいつもの薬を口に放り込み、噛み砕く。 少しずつ鼓膜の奥の轟音が遠のき、砂の嵐が静かに杏奈の脳裏を掠めていった。(編集済)
博士「エネルギー切れか…クロエ、彼女を施設に運ぼう。」 助手ことクロエもそれに同意し、2人で杏奈を運ぶ形で、大型車の方に向かった。 大型車は、地下の移住スペースに繋がっていた。 移住スペースに移動後、杏奈を施設内のベッドに運ぶ2人。 博士「地球に出た際の影響は無いか…クロエ、瀬戸杏奈の様子は?」 クロエ「今は落ち着いていますが、まさかナイフとは…ジョークも言える余裕は無いですね。」 クロエはため息をつきながらも杏奈の状態を確認し、2人は防護服を脱ぐ為に自室へと向かった。 クロエ「博士、あの娘が持っていた荷物の薬とぬいぐるみは、もう少し調べた方が良いですよね?」 金髪の細身の女性ことクロエは、自室内のモニターで別室にいる白髪の中年男性に問いだした。 博士「お前も気になるのか、彼女がいつからあれを飲んでいたのか…そしてぬいぐるみに関しても。」
いくら懸命に踠いても、全く先に進むことが出来ない。 水の中に沈められ、重たい衣類を着せられて泳がされているような感覚だった。 どのくらいの時間が経ったのだろう。 呼吸を手繰り寄せるように少しずつ水面に向かって這いあがり、ようやく水から上がる事が出来たような感覚だ。 目覚めた杏奈は、真っ白な部屋の中にいた。 杏奈の痩せっぽちで小さな身体の倍以上はありそうな細長いベッドに寝かされ、手足は緩く拘束されている。 腕には点滴が刺されているのだろうか? そのチューブは果てしなく伸びる線路のように何処かに繋がれていて、杏奈の目線からは先を確認する事が出来ない。 身体が酷く疲れている事だけは、はっきりと分かった。 軽い絶望感に襲われる。 さらに目を見開くと、杏奈を囲むように配置されたモニターの鈍い光が差し込んで来る。 そのモニターから、ゆっくりと人の声が杏奈に向かって語りかけた。 「驚かせてしまってごめんなさいね、私の姿が見えるかしら?」 杏奈は呆気に取られたまま 「はい」と応える。 「ゲノム研究所助手の、クロエ・ノヴァクです。貴女の名前と年齢を訊いてもいいかしら」 あの日、防護服のガスマスク越しに聴いた聞き覚えのある女性の声に記憶を呼び戻しつつ 「不躾だな。何様なんだ。」 …と、軽く胸の中で舌打ちしながら杏奈は応える。 「瀬戸杏奈、18歳です」 「ありがとう。 瀬戸杏奈さんで間違いは無いわね。 もう少しだけ、其処に居てもらってもいいかしら」 こんなとこ、私だって居たくないよ。 だけどこんな状態で拘束されたら、もはや逃げようが無いじゃないか。 無理なのを分かってて訊くなよな。 杏奈は苦笑したくなる気持ちを抑え答える。 「はい。」
あれから何日経っただろう。 拘束は解かれたがずっと部屋の中に閉じ込められている 部屋にはベッドもシャワートイレもあり、着替えや食事は運ばれてきるので不自由はしていない。 しかし、部屋の所々にカメラが設置されており、監視されている居心地の悪さはもう限界に近づいていた。
毎朝、気怠い空気の中で部屋中のモニターがONになり杏奈は目を覚ます。 「杏奈、昨日は久しぶりに良く眠れていたようね。 食事も大分摂れるようになって来たみたいで良かったわ」 朝の点呼の時間だ。 モニターを通したクロエの呼びかけには、ガスマスク越しのエフェクトもなく彼女の表情が窺える分、少しだけだがニュートラルな感覚を覚えるようになって来ていた。 かと言って、別にあんた達のことを信頼してる訳じゃないけど。 それから、ここに運び込まれた時から気になっている。 杏奈の小さな住処の一部と化していたノースフェイスのあの鞄がずっと手元にない。 ファスナーのついた内ポケットの中にはテディも居た筈だ。 「そう言えば私の荷物は何処に行ったの? あの中には大切なものが少しだけ入っているから返して欲しい」 「大丈夫です。 貴女のプライバシーを侵害するような措置は考えていないわ。 だけど、まだ18歳の貴女があんなサバイバルナイフを所持していること またあのナイフをどうやって入手したのか。 それから…あと、幾つか貴女に聞きたいことがあります。 それらは貴女の個人情報として、当方でも慎重な判断の上大切に扱います。 それまでは、こちらで厳重な保管の上預からせて貰います。」 「所有者である、私の許可なく私の所持品を調べる事はプライバシーの侵害にならないのかしら。 言ってる事が矛盾してる」 「今の貴女はまだ、冷静な判断が出来る状態にはありません。 なので、それまでの間暫くこちらで預からせて貰っているの。 これは杏奈、貴女の身の安全を保障する為に必要な事なのよ。 理解してくれたら嬉しいわ」 ふーん…成る程ね。 あのナイフで私がジサツを図る事をこの人達は恐れてるのか。 まあ大人が考えそうな事だ。 仕方あるまい。 もう暫くの間だけ、無力で従順な少女のふりをしておいてあげる。 「分かったわ。 必ず返してくれる事を約束してくれるなら」 「大丈夫。約束するわ」 モニターの向こうのクロエは、親愛の情を意識した微笑みを杏奈に向けながら頷いた。 (編集済)
クロエ「では杏奈、今日もあの質問をしていい?」 その問いに杏奈は、心の中で今日もそれかと心の中で苛立ちながら、微笑んで頷いた。 クロエ「良かった。 では…ねぇ~博士の作る朝ご飯、今日は和食・洋食のどちらがいい? 和食なら~土鍋で炊いたブランド米、魚の塩焼き、野菜の煮びたし、根菜の味噌汁、漬物。 で洋食なら~焼きたてパン、ベーコン、野菜サラダ、野菜スープ、温泉卵orスクランブルエッグ。 飲み物は任せるけど、どちらも味は保証済みよ~」 杏奈「お任せします…」 クロエ「そう…分かったわ。じゃあ昨日和食だったから、今日は洋食ということで。 あと~今日もちゃんと食べるか心配だから、モニター越しという形で一緒に食べましょう。」 慣れない…クロエの唐突なハイテンションには、いつも疲れと同時に苛立ってしまう。 運ばれる料理は正直美味しいけど、博士の手作りって…あと食料はどこから集めたんだろう? 色々と混乱しつつも、今の杏奈にはこの状況を受け入れるしかなかった。
杏奈は食事する手を止め、フォークをお皿に置いた。 杏奈「ねえ、クロエ。そろそろ私を閉じこめている理由を知りたいわ。私の身体にある、ダークネスウイルスの免疫が目的?」
杏奈の問いに対し、箸を置いたクロエ。 クロエ「免疫力を高めたい所はあるわね。 あとは…あなたの活動範囲を大きくする為のリハビリ、宇宙に移住できる為の。」 杏奈「宇宙って…まさか火星?」 杏奈の表情は曇った…子供時代の思い出したくない記憶が脳内に浮かぶ。
封印していた記憶を戻す。 杏奈は、14歳の時に母を亡くし天涯孤独になった。 父は生まれた時から居ない。 その事について、杏奈は母に問うた事はなかった。 また、杏奈自身がそれを不思議に思った事もない。 理由は簡単だ。 最初から父が居ない事が杏奈にとって当たり前だったからだ。 当たり前の事に今更疑問など持ちようがなかった。 根無草。 これは杏奈の母の人生そのものでもあったように思う。 杏奈の母は、他の子供たちのママとは少し違っていた。 杏奈が物心ついた頃から、母は様々な仕事をしていた。 大きな基地のある街で暮らしていた頃、母は小さなステージで歌を歌っていた。 街から街へ。 ある時は 「今日は壁に絵を描くから、迎えに行くのが遅くなっちゃうかも」 壁に絵を描く? そうなんだ。 わかった、待ってる。 1人、2人とみんなママが迎えに来て杏奈だけひとり残される。 誰も居なくなった部屋のピアノの鍵盤と戯れながら母を待った。 だけど、そんな 「他のコのママとはちょっと違う、風変わりな人」 である母を少しだけ自慢に思っていた。 私ってちょっと変わってる子供だったのかな。 普通は寂しがるよね。 私、気付いた頃から他人には期待なんてしてなかったから受け流してた。 そんな母が、ある日突然病に倒れた。 心臓がスポンジみたいになってしまう病気だった。 生まれつきだったのかも知れないってさ。 母は人工の心臓を埋め込まれたけど、3ヶ月も経たずに亡くなった。 色んな事言われたなあ。 可哀想とかさ、何かあったら言ってねとかさ。 じゃあなんかあったら助けてくれるのか。 みんな、私を見て少しだけ優しくなったり 少しだけ立派な人の気分を味わい、誇らしげだった。 色んな人が色んな事を言い、そしてすれ違っていった。 今頃はみんな、ダークネスの街の何処かに居るのだろうか? 誰もいない世界でひとりぼっち。 まあ、こんな事もあるよね。 私はこれ以上誰かに追跡されたくなくて、 自分のラベルをひたすら剥がし続けた。 私がここにいる意味なんか何もない。 私の存在が世界を救うかも知れない? そんなの知らないよ。 世界なんか救われなくたって、最初から全てが終わってるじゃないか。 あれ? なんの話だっけ。 ふと我に返った時に クロエの言葉の断片が浮かびあがった。 「杏奈。よく聞いて? まず私達が知りたいのは、貴女のゲノムの記憶なの」
杏奈「ゲノムの記憶?」 クロエ「・・・食事が済んだらあなたには私たちのラボを見てもらう。この地球を、ダークネスからもう一度人間達の手に取り戻すために、あなたが必要になったのよ」