少年犯罪から虐待家庭、不登校、引きこもりまで、現代の子供たちが直面する様々な問題を取材してきた石井光太氏が、教育問題の最深部に迫った 『ルポ 誰が国語力を殺すのか』 を上梓した。いま、子供たちの〈言葉と思考力〉に何が起こっているのか?
https://bunshun.jp/articles/-/55970
私はゴンギツネが読めなくなった背景にあるのは、言葉の脆弱性ではなくて、社会の許容性の低下が原因だと思います。ブログやSNSの発達によってネットでの個人の発言に「いいね」が集まったり炎上もしくは拡散されることで、まるでそれが国民の総意のように語られる記事が非常に多くなりました。例えば小室夫妻の例がそれですよね。アンチが非常におおいが目に見えているのはSNSの意見だけ。アンケートとれば半数以上が結婚に賛成でありながら、ニュースを見れば日本国民全員がアンチ小室夫妻のようにみえていて、異様でした。で、それが企業のコンプライアンスや報道、または政策にまで影響を及ぼすようになった今、なにかしたら身元特定され写真がばらまかれ成敗される。1か0の極端な世界にふれはじめているので、そういったなか、殺すや死ねといった究極的な言葉が世の中に氾濫。いまや人と違うことは恐ろしいことでありいじめられることであり、とにかく仲間と同じでそこに溶け込むことが重要にな世の中ですね。今の日本は人と同じ事を求め、ちがうととたんに糾弾してしまう社会になってしまい、子供にもその影響が非常に強い。何かがおこれがすぐに政府糾弾、すべては他人のせいだと思う大人を見ながら育っているので、今の子供もすべて他人のせいで自分を振り返ることも内面見ることも少なくなる、それが殺すやしねといった言葉で表現される。それを言葉の脆弱性だと片づけてしまうのは私は違うと思います。